学校だより【12月号】
2022.12.23
「自主性」と「主体性」
校長 本間祐一
12月9日(金)の午後から14日(水)まで、新型コロナウイルス感染症の影響で臨時休校措置をとりました。ここまで何とか教育活動を止めずにやってきましたが、今回は急激な感染拡大が予想されたので、早めの食い止め作戦に出ました。それでも何人かの生徒が陽性反応になり、苦しい生活を送りました。ご家族の皆様も大変だったことでしょう。改めて健康であることの大切さを噛みしめた日々でした。
また、12月19日(月)から21日(水)まで、大雪と広範囲停電のための休校措置を余儀なくされました。電気のない暮らし、電話もメールもできない暮らしが何とも不便で不安なことかを思い知らされました。結局、職員が足で歩いて安否確認をするような事態でした。近年まれに見る大災害だったと思います。地域の皆様には大変辛く厳しい日々をお過ごしだったことでしょう。お見舞い申し上げますとともに、一日も早く、穏やかな日常が戻りますように願います。
さて、12月5日(月)に全校朝会で、タイトルの「自主性」と「主体性」について話をしました。どちらも大切な力として求められるものですので、改めてその力の育成に励んでほしいと思います。
「自主性」とは
「人に言われる前に自らやることができること」を言います。計画的に家庭学習ができるとか、自分から挨拶をすることができるとか、自分で率先して行動することができる力を指します。人に言われてから行動する場面や、「今やろうと思っていたのに…」と言ってしまう場面は結構ありませんか?
今回の休校中に、自主的に雪かきをしてくれる中学生の話をいくつか聞きました。大変うれしく思います。
「主体性」とは
「自分で考えて判断して行動することができること」を言います。自主性とも似ているのですが、主体性の場合は、何をするのがよいのかを自分の責任で考えて行動することができる力を指します。反省をしたり改善を加えたりして、目標に対して発展的な行動を自分でできるという意味では、自主性よりも少し高度な力と言えるかもしれません。
ぜひ皆さんには、主体的に考えて自ら計画し、自主的に行動できる人になってほしいと思います。
3年生は、卒業し自分の希望する進路の実現を目指し、2年生はすべての生徒会活動がバトンタッチされ赤中の顔になることへ、1年生は先輩と呼ばれるにふさわしい人としての成長に向けて、主体性と自主性を兼ね備えた人となるように意識をして生活を送ってほしいものです。冬休みの生活や、一日一日の生活を大事に有意義に送ってください。
以前、部活動でお世話になった先生が良く言っていた言葉を皆さんに紹介します。
一、頑張るのは試合ではない、日々の練習である。
一、練習とは良い習慣をつけるとともに、悪い習慣を取り除くことが目的である。
一、練習でできないものは、試合でもできない。
一、徹底した基本練習がファインプレーを生む。
一、実力とはいつでも出せる力、すなわち最低の調子の時に出せる力を言う。従って、その力の底上げが目標である。
良いお年をお迎えください。
生徒会役員決定
令和5年度生徒会役員選挙は、12月2日(金)に投開票が行われ、会長に金子侑叶さん、副会長男子に中川大翔さんが信任されました。副会長女子は2名が同数となり、翌週7日(水)に再投票を行った結果、浅形美月さんが当選しました。
12月9日(金)と12月22日(木)に任命式が行われ、それぞれが抱負を述べてくれました。選挙管理委員長の挨拶とともに紹介します。
【選挙管理委員長 椿梨玖】
皆さん、選挙お疲れ様でした。そして新三役の皆さん、当選おめでとうございます。
生徒会三役というのは、赤中の顔となり、地域の方からも大きな注目が集まる役職です。そのことをきちんと自覚し、よりよい赤中を作るために尽力していただきたいと思います。
また、三役である以上、辛いことや大変なことがあると思います。そこでどう踏ん張るかが重要だと私は考えます。しかし決して一人では抱え込まず、周りに相談してみてください。周りの皆さんはきっと助けてくれることと思います。赤中を作るためには、皆さんの協力が不可欠です。
最後に新三役の皆さん、これから決まる新委員長、赤中の生徒とともに、よりよい赤中を作れるよう頑張ってください。応援しています。
【会長 金子侑叶】
会長として、私を信任していただきありがとうございます。私はこの1年間、生徒会本部役員として会長を始めとする先輩の活躍を間近で見てきました。私は指示待ちの面もありましたが、これからは1年間の経験をいかし、会長として全校を率い、赤中新時代をつくっていきます。
【副会長 浅形美月】
私は、お互いを尊重し、活気ある学校をつくっていきます。そのために、自分がやってきた行動や発言に責任をもち、積極的に行動していきたいと思います。副会長に選んでよかったと思ってもらえるよう、精一杯頑張ります。よろしくお願い致します。
【副会長 中川大翔】
私はこの赤泊中学校を、一人一人みんなで盛り上げていくことができる学校にしていきたいです。そのために私は副会長として、学校を全力で支えていけるようにがんばります。どうぞよろしくお願いいたします。
投票(12.2)
同数による副会長の再投票(12.7)
リモート授業を実施
巻頭言でも触れましたが、12月9日(金)の午後から14日(水)まで、コロナウイルス感染拡大のため、臨時休校措置をとりました。今回はタブレットPCを全員が持ち帰り、休校期間の12日(月)~14日(水)の3日間、リモート授業に取り組みました。
時間は午前2時間程度でしたが、皆集中して課題に取り組んでいました。直接合えない友達とも交流ができ、最終日は学活の時間として、レクリエーションなども行い、思いの外楽しい時間を過ごすことができました。
<1年生>
<2年生>
<3年生>
PTA親子レク大会
11月27日(日)にPTA主催の親子レク大会(ソフトバレーボール大会)を行いました。親子が別々のチームで競い合う形でしたが、親子ともども楽しんで行うことができました。
休校が明けて…
コロナウイルスによる休校が終了したと思ったら、今度は大雪とそれに伴う停電の影響で3日間の臨時休校。生徒は22日にようやく再会することができました。通常授業はできませんでしたが、ドッジボールとクリスマスケーキ給食を楽しむことができました。
私の中高生時代(第7回 度會きぬ教諭)
──新潟市出身だそうですね。
中学校は1学年8クラス、全校で約1,000人の大規模校でした。私は図書室で読書好きの仲間と楽しくおしゃべりする毎日でした。
子どもの頃の私は「学校の近くのラーメン屋の娘」でした。開店時間の午後5時から夜10時まで、毎日チャーシューを切ったり、皿洗いをしたり、レジを打ったりしていました。手伝いを終えた夜の10時過ぎ、お風呂に入ったあとは疲れて寝落ちすることが多かったです。宿題などはできるだけ学校で終わらせるようにしていました。
──教員を目指したのもこの頃だそうですね。
父の姉は小学校の教員でした。年の離れた弟である父と、その母親である私の祖母は、父の姉のことをとても尊敬し、頼りにしていました。両親の誇りになりたかった私は、その影響を受けて教員に憧れるようになりました。
当時、小学校の先生になるには、ピアノができなくてはなりませんでした。ピアノ教室に行かせてもらえなかった私は悩みましたが、中学校で尊敬する先生に出会い、中学校の教員を目指しました
──高校は公立の進学校ですね。
高校時代はとても忙しかったです。家から高校まで約5㎞の道程を、体力作りを兼ねて自転車で往復する日々でした。バレーボール部と文芸部をかけもちして、中学校の後輩と文芸部を週1回楽しみつつ、毎日バレー部で汗を流しました。中学校の本好きの後輩が揃って入学してくれて、高校生活がより楽しくなったことを覚えています。
勉強はレベルアップして、宿題も増え、夜遅くまで机に向かいました。それでも宿題が終わらなくて、朝早く起きて机に向かう日々が増えました。学校でワークを終わらせてもなお、分からない教科が増えて困りました。でも読書好きだったおかげか、国語だけは成績を維持することができました。ラーメン屋の手伝いも相変わらずだったので、本当に体力勝負な3年間だったと思います。
──進路選択はどのようにしましたか。
家では、1杯450円のラーメンを1日に50~100杯売る暮らしをしていたので、進学はできるだけお金をかけずに済ませたいと思っていました。先生になりたいという思いで、教員二種免許が取得でき、授業料の割安な短期大学に入学しました。
その後、やっぱり教員一種免許を取りたくて、4年制大学の試験に挑戦しました。受験した中で一番レベルが高く、授業料もかなり高い、難関私立大学に合格できました。お金の面で不安があったのですが、両親は入学を認めてくれました。両親にどれだけ無理をさせたかを考えると、本当に感謝しかありません。
──中学生のみなさんにアドバイスをお願いします。
本をたくさん読みましょう。一方で何もかも本の通りだと思わないことも大切です。実際はどうなのか、体験すること。また、体を鍛えましょう。人生の節目で体力勝負になることが多々あります。
最後に。今いる身近な家族や友人、これから自分の家族になる人たちの、笑顔と財産を大切にしましょう。その人達の未来の幸せを考えたとき、今、何をするべきかが分かります。
栄光の記録
生命保険中学生作文コンクール(11/18)
都道府県特別賞 新潟県佳作 3年 小橋円子